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キルギス音楽の未来

2001.03.19

縁あってキルギスに暮らすことになったンだし、と日本ではなかなか聴く機会がないであろうキルギスで流行りのポップスを紹介できたらな、と思ったのがこの「ビシケク音楽編」(注:このブログの前身のこと。筆者は2000年8月から3年半ちょっとキルギスの首都ビシケクに滞在してました)を始めるキッカケでした。

がっ!
ここキルギス、マーケットが小さすぎて独自のポップスが育たないのか、いいプロデューサーとかコンポーザーがいないのか、キルギス語が音楽にノリにくいのか、なんかキモチ的にまだふっきれてないのか、機材がないのか、何なんだかよくわかんないけど、とにかくとっっっても不作なのでした。
たとえば音楽も打ち込み使ったりするのはいいけど、複雑なリズムになるとビミョーにずれちゃったりするのがヒジョーにキモチわるかったり、歌いっぷりがどーしても田舎のスナックでカラオケやってるようにしか聞こえなかったり。歌手たるもの、見た目すなわち着るものなんかにもよくよく気をつかってほしいなんだが、それ以前に 曲自体がアカ抜けない。
なんでこんなにムード歌謡なのーっ。
「キルギス歌謡曲ヒット集」みたいなカセット聴いてみても(そんなの聴くからいけなかったのかもしれんが)、音質の悪さもさることながら、コラコラコラ!みんな、まず歌がヘタぢゃないかぁぁぁっ。そのへんのおばさんのほうがよっぽど歌うまい。。もしも、もしもだ。これをキルギスのひとびとが老若男女みんなしてよろこんで聴いてるとしたら・・・もうキルギスのポップスに前途はない。
わたしはホントに打ちのめされそうになってたのでした。

Elles それでもやっぱりあきらめきれず、「どっがにキルギスポップスねーがー」とむなしく彷徨していたわたし。
それはこないだ友だちの車に乗せてもらって出かけたときのこと。カーステレオからある曲が流れ始めると、彼はボリュームをぐっとあげました。あぁ、お気に入りの曲なんだ~、と思いながら耳を傾けていると。。
あれ、キルギス語・・・?な、な、な、なんかちゃんとしてるじゃんっ!なにこの曲、ナニっ?
たずねてみると、Elles(エレス)というグループの"Кайдасын"(Kaidasyn)だという。
これよーっ、わたしがずっとずーっと探し求めてた感じぃ!

じつはこのエレスのアルバム"Ты мне нужна"(Ty Mne Nujna)、以前キルギス・ポップスを積極的に探してた頃、あるカセット屋で「どう?」って勧められたものの、キルギス語の曲は1曲しか入ってないというので「ふんっ」と一蹴してしまってたものでした。
あぁん、まさにその1曲がよかったとはっ!

男子4人組のエレスは、キルギス人ふたりにロシア人ふたりという構成で、メインヴォーカルはキルギス人のヌルラン(写真右の丸坊主)。そういえばエレスはポケベルのCMにも出てました。(キルギスではまだ携帯電話は一部お金持ちやビジネス用に限られてる感じ、ポケベルはもちょっと手軽で若い子たちも持ってます)
アルバムのほうは、これ以外のロシア語の曲には何らキルギス色はないものの、なにはともあれ全曲ちゃんとしてて安心して聴いてられる、このことだけでわたしはもーすっかり満足♥なのでありました。

 

AUDIO Кайдасын (kaidasyn)

Biz jürgön ayluu tun kayda
Biz üzgön jipar gul kayda
*Közündön seket boloyun
*Körünüp koyçu bir kayra

Jalbırak jaydın keç ele
Janaşa baskan kez ele
*Tamaşa kıyal söz aytsam
*Tarına tüştüng tez ele

Kıyaldın minip kemesin
Kıynaldım kaçan kelesin
*Kıynagan menin canımdı
*Kımbattu kanday nemesin

Kıyalım jetip tügöndü
Sen karap koyson suykumdu
*Tımızın içim tızıldayt
*Sagındım senin kulkundu

(*くりかえし)


あなたはどこに

ぼくたちが一緒に過ごした月明かりの夜はどこに
ぼくたちが摘みとった甘い香りの花はどこに
あなたの目にくちづけしたい (*「どれほどあなたが愛しいか」の意)
どうかもういちどぼくの前に現われてください

それは真夏の夜のこと
一緒に歩いたときのこと
ぼくがいじわるな冗談を言うと
あなたはすぐに怒りましたね

ぼくは望みの舟に乗り
あなたがいつやってくるかと
待ち疲れてしまいました
これほどぼくの心を悩ませる
これほど大切に思うなんて
ぼくにとって あなたはいったい誰ですか

望みは尽きてしまいました
それでもあなたが愛に満ちたまなざしで
見つめてくれるなら
ぼくの心はときめいてしまうでしょう
あなたの微笑が恋しい

*キルギス語歌詞はトルコ語アルファベットで表記しました。

キルギス民謡が原曲のこの"Kaidasyn"はキルギスの若者たちの間でもかなりのヒットとなりましたが、このアルバムの他の曲も決してわるくないので、いくつか紹介しときましょう。(.ram)

Muras 民謡といえば、じつはキルギスのフォークロア的なインストゥルメンタルの曲や昔ながらの歌というのは文句なしにイイのです。民族楽器の味わい、もちろん歌唱力もありで、キルギスの自然の風景や遊牧生活の様子が目の前に広がってくるような、じんわ~りあったかい音楽。このへんも紹介したいところなんですが、ちゃんとした音源がなかなか手に入らないのがネックだったりします。
そんな中、今唯一手に入るのはMuras(ムラス)というキルギス民族音楽アンサンブル(グループ)の"The Air of Mountains"です。
以下、そのアルバムより。(.ram)

地元の英字新聞The Times of Central Asiaの紹介記事によると、これがキルギス初の民族音楽収録CDになるんだそーです。残念なことに、キルギス国営テレビ・ラジオも資金難で、これまでのアーカイブをきちんと保存できないため、キルギス人でさえ自分たちの民族音楽を振り返って聴く機会がなかった、というのが実情らしいのです。
だからこのCDのリリースはとても意義のあることだ、と記事は言うわけですが、それにしちゃあ誰にでも買えるような価格設定ぢゃありません。一般の音楽CD(海賊版多し)が約3$というこの国で、約20$という定価(もちろん正規版)。ツーリスト向けのおみやげ屋で売ってるとこしか見たことないし、カセットテープ化されてないとまだキルギス一般庶民にはムリなんじゃ・・・?とか言ってるわたしだって、いまだ購入には踏み切れてないわけでして。(苦笑
とそれはともかく、ムラスの目指すところはキルギス民族音楽を保存・復元し、ポピュラーにすることである、と記事は締めくくられてました。

それじゃ、エレスの"Kaidasyn"みたいな曲はとっかかりとしてなかなかイイんじゃないかしらん?
一時トルコなんかでも民謡をポップスやロックにアレンジするのが流行って、そういう曲がすごくウケたことがありまして、でもやっぱりそれには賛否両論あったりするわけですが、わたしは賛成、大いにけっこうなことだと思ってます。

あるインタビュー記事でエレスは、今後キルギス語と英語のアルバムを制作したい、という抱負を語ってました。
いいアルバム作るにはまずスポンサー探しから。現実的にはそのへんがいちばん厳しいのかもしれないけど、がんばってほしいと思うのでした。

キルギス音楽、ひいてはキルギス・ポップスの将来にもちょっと光が見えた感じ、かな♪

 

※"Kaidasyn"の歌詞と拙訳を追加。(2002.8.12)
※試聴ファイルやリンクなどを整理し直して更新。(2007.7.21)


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