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Kaldim Yalguz

2007.04.10 Comment(16)» Trackback(0)»

Kaldim YalguzMurat Nasyrov(ムラト・ナスィロフ)のアルバムとしては最後の作品となった"Kaldim Yalguz"(僕はひとりになった)。
それはまさに待望の、なのに物寂しい響きのことばをタイトルとするウイグル語アルバムだった。

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ちょうどそれが発売された頃、我が家はキルギスから日本へ引っ越す前で身辺なにげに慌しく、中央アジアという絶好の土地にいながら、そんな、ナニがなんでも入手せねばならない第一級レベルの必聴アルバムがリリースされたこと自体知らずにいたのんきなあたしは、帰国してからその一大事を知るに至り、すぐさまキルギスの友人に「至急CD送れ!」と発注、その後無事ブツが届いて胸をなでおろしたんだった。 “ムラトのファン”さん、お元気ですかぁ~??

そうした経緯でこのアルバムを入手したのがたしか2004年5月頃。
それから、紹介記事書きたい!書かねばッ!と思いが募るばかりで、月日は無情に流れ去り、今となってはもうムラトそのひともいないという浮世の現実に絶句する。

しかし。

追悼記事を書いたあとに、2005年2月にアルマトィ(カザフスタン)で行なわれたコンサートの模様がYouTubeにアップされていることを発見ッ!(狂喜)
これは一ファンとして素直に純粋に涙が出るほどうれしい。そこで、大変遅ればせながらではあるが、今あらためてそれらの映像とともにムラト・ナスィロフ最後のアルバムとコンサートについて書き留めておこうと思う。

VIDEO Kaldim Yalguz

ウイグルの弦楽器ラワーブを弾きながらのアルバム・タイトル曲。
このコンサートには、そもそも音楽活動で知り合った妻のナタリヤ(通称:ナターシャ)もバックヴォーカルとして参加していて、間奏中、ムラトは「ナターシャ・ハヌム!」と彼女を紹介している。
なお、アルバムにはこの曲のリミックスも2バージョン収録されている。

VIDEO Demisan Dema
ウイグルらしいダンス・チューンが始まり、あったまってくる会場。(w

VIDEO Koydurma Desan

さらにウイグル舞踊団の娘さんたち登場で、いてもたってもいられなくなる会場。(w
ちなみにこの曲、イントロだけ聴くと"Karam"?(トルコでHakan Peker(ハーカン・ペケル)が歌ってヒットした曲)とシンクロしてしまうんだが。

それにしても、ムラトはウイグル語がわからない聴衆向けにロシア語歌詞でも歌うようにしたのだろうが、ちゃんと両方の歌詞を用意する心意気にはほんとうに感心する。
たとえば中央アジアでは、アノYulduz Usmanova(ユルドゥズ・ウスマノヴァ)もコンサートで訪れた国や地域の歌を歌うことはあっても、自分の曲を1コーラス目ウズベク語、2コーラス目ロシア語のように器用に歌い変えるようなことはしていないと思う。
余談だが、彼女の場合、キルギスのオシュという町でコンサートをしたときに、似てるからいいやと思ったのか単なる勘違いだったのか、キルギス語ではなくカザフ語の歌を演ってしまったためにキルギス人観客から総スカンを食い(オシュはウズベク人口が多いとはいえ、いちおぅキルギス領)、それに逆ギレしたユルドゥズはコンサートを中止してしまった、という大物ならではの強気なエピソードも。

VIDEO Eki Ozen

アルバムにただ1曲収められたカザフ語の曲"Eki Ozen"(ふたつの川)。(このコンサートではカザフ語とロシア語で歌っている)
ひとつ白状すると、個人的にはこのアルバムの中ではウイグル語の曲でないこの曲がいちばん気に入っていたりする。なにか、いい意味で曲がこなれてるというのか、ナスィロフ節はこうでなくちゃ!的エッセンスが期待どおり盛り込まれてる感じがして。

そして古いレパートリーからわたしのお気に入りの2曲も演ってくれていた・・・!(滝涙

VIDEO Moya Istoriya

VIDEO Kto-to Prostit

VIDEO Dostlugimiz

コンサート最後の曲らしき"Dostlugimiz"(僕たちの友情)では、初めに「友情あふれる街アルマアタ」、そして終わりには「ラフメット(ありがとう)アルマアタ!」とムラト。彼にとってアルマトィはいつまでも「アルマアタ」なんだな、と思ったり。
この曲後半ではラワーブを置いて、ウイグル男らしい身のこなしも見せてくれていて、ためいき。。
ちなみにこの曲には"Красавица"(Krasavitza)というタイトルで完全ロシア語版もあるが、こちらの内容は友情ではなく美しい女性への恋心。

Murat Nasyrov playing rawabコンサート映像からは以上だが、アルバムに収録されているその他の曲についても少しだけ触れておく。

"Hatira Anam"は母ハーティラを歌った曲だ。
家族を愛したムラトは別のアルバムで妻、娘、息子にもそれぞれ"Натали"(Natali)、"Лия"(Liya)、"Мой маленький мальчик"(Moi Malen'kiy Malchik)といった曲を捧げている。
(親交のあったという新体操のアリーナ・カバエワ("Алина")やГости из Будущего(Gosti iz Budushevo)のエヴァ・ポリナ("Ева")を歌った曲などもあったりする)

そして最後の曲、亡き父イスマイルがじんわりと聴かせる"Olkam"(我が祖国)でこのアルバムは締めくくられている。

AUDIO Olkam

ムラトの父もまた音楽家だった。彼が子供の頃から音楽に親しむ環境にあったのもそのためだ。
クルアーンを詠み聞かせ、民族の楽器を弾きそして歌うことのできた父は、ウイグル人ディアスポラの同胞たちの心を支え、癒してきた。アルバムのライナーノートでムラトは父を誇らしげにそう讃えた。
実際、2003年2月に76歳で父イスマイルが亡くなると、ムラトは自身のサイトで父の肖像写真を大きく掲載して悼んでいた。それは年老いてなお気骨あるウイグル男児の顔だったとわたしの記憶に残る。

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父イスマイル・ナスィロフについての情報

いや、正直言うと"Olkam"を聴いたとき、彼は父の遺したこの1曲のためにこそ、ウイグル語アルバムを作りたかったのではないか、わたしにはそんなふうに思えたのだ。
父イスマイルはムラトの心をも支えていた、強く大きな存在だった。そして彼は亡き父に捧げたこのアルバムを「僕はひとりになってしまった」と名づけたのだ、と。

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COMMENT

fiklimceさん。お久しぶりです。ブログへの書き込みありがとうございます。kaldim yalguzは数年前、ネット通販で購入しました。

私のブログは、彼の死をきっかけに作ったものです。今年の1月21日にロシアのブログで事件を知り、衝撃を受けて、ほどなく立ち上げました。

立ち上げ以降の日記の大半は日常の不満をもとにした独り言でしたが、ウイグル独立系ブログの新シルクロード?様にトラックバックされたことに影響されて、ブログ名を変更し、日記内容を大幅に削り、ウイグル的な色彩を強くしました。

都合上、更新はほとんど出来ませんが、「大陸的な話題」をメインにしたブログにしていくつもりです。

投稿者: ムラトのファン | 2007年04月30日 09:37

おー、アナタが“ムラトのファン”さんでしたか!おひさしぶりでーす。
(そちらのブログにもコメントさせていただきました)

ムラトのことですが、わたしはまだキモチの整理がつけきれず、もう少しココに書き留めておきたいことが残ってます。ココも更新は遅々としてますが、よかったらまた寄ってみてください。

じつは今、奇しくも彼が亡くなった街に暮らしてるので、そのうち事故現場を訪れたいとも思ってます。でもなかなか思いきりがつかず実行に移せずにいるのは、やっぱりまだ自分の中でふっきれてないからなのかもしれません。


投稿者: /mz | 2007年04月30日 14:32

москваに滞在されているのですね。気持ちが落ち着けば、花を捧げに行かれると良いでしょう。

私も彼の死には衝撃を受けて、信じられない思いでしたが、fiklimceさんよりはショックは少ないと思います。私はムラトについてネットを介した限られた情報しか知らず、偶像でない彼本人についてファミリアーでなかったからです。彼の死後、方々でアップされた動画によって、はじめて、プロモビデオ以外の動くムラトを見たくらいで。その意味では、現地ソ連圏のTV等でムラトに親しんだfiklemceさんのショックはさぞかし大きいだろうと察します。

もう彼の新しい曲を聴けないと思うと残念です。おそらく、彼以上の人物は二度と現れないでしょうから。

投稿者: ムラトのファン | 2007年04月30日 20:02

いえ、誤解なきよう申し上げますが、わたしも音楽以外について彼のことに詳しいわけじゃないですよ。そのへんはムラトのファンさんと大差ないはずです。

わたしがまだショックをひきずってるのは(たぶん)、彼がどうしてあんな死に方をすることになったのか納得できてないからです。単純に「麻薬」だの「自殺」だのと言われてることがまず気に入りません。
それに、彼の才能と彼の遺した曲なんかを考えると、ロシアのメディアや音楽業界は彼を過小評価してると思うからです。(やっぱりカネやコネがモノを言う世界なんでしょーか・・・)
せっかくもすこーにいるんだから、とアチコチで彼の古いアルバムのCDを探したりもしてますが、あっさり「ない」だの「知らない」だのという返答をされるたびにすごく悲しい気持ちになるので、今はもうたずねる気もしなくなってしまぃました。。

それでもロシアや中央アジア方面には心あるファンもいることはたしかで、みんなただ「タンボフ」や彼の外見が好きなんぢゃなくて、ヒットしたしないに関わらずずっと彼の音楽そのもののファンなんだということに共感が湧き、心強くも思えてます。
そんなこんなで、彼が亡くなってからわたしも彼の素顔みたいなものをいろいろ見聞きする機会を得たわけですが、自分の記憶のためにもそういう情報をここにまとめるつもりでいます。
ただその準備作業で生前のビデオとかアレコレ見ちゃうとですね、目が汗だくになって、なんかモヌケのカラのようになってしまぃ、ぜんぜんシゴトが進まんっちゅのが困りもんなのですが。

投稿者: /mz | 2007年04月30日 22:29

経験上、ロシア人はあまりムラトを認めたがらない傾向にあると思います。趣向の問題ではなく、自分たちと違う「異民族の人間」が成功していることに、やっかんでいるのです。

逆に、トルコ系などの非ロシア人はみな大体ムラトを知っており、好きな人が多いように思われます。

モスクワはとくに体制転換の反動で民族主義の風潮が高まっていますので、ムラトを快く思わない人もいるかと思います。そういう人の中で、ムラトを知っていても知らないという人がいたとしてもおかしくありません。

差別的民族的プライドの高い人はどこにでもいるし、いまロシアでロシア民族主義が高まるのも時代の必然ですから、どうしようもないかと。

投稿者: ムラトのファン | 2007年05月02日 12:07

いや、民族主義どーのこーのとかいう、ややこしぃ感じではないんですよねCD屋に関しては。(あ、おかげさまで昨日某所にて古いアルバム、CDでゲトいたしました♪)

実際、今ロシアのポップス・シーンで大人気なのは、Dima Bilan(カバルダイ×タタール)だったり、Timati(民族はっきりわかんないけど、本名から言うと確実にテュルク系。今ならブログ表紙で聴けるよになってます♪)だったりしますし、ご存知Alsuも今やロシアのセレブ・ママとして別格扱いです。
やっぱり業界的には民族出自以前にプロデューサとかカネのちからなんでしょう。こないだムラトのファンさんがブログに書いてらした彼のドキュメンタリでもそんなことが指摘されてました。
ちなみに、彼の「ムラト・ナスィロフ」というなまえがロシアのマーケット向きではないからと改名をすすめた不届き者もいたみたいですね。(w

投稿者: /mz | 2007年05月02日 17:26

古いアルバムとは95年に出たというЭто лишь сонのことですか?現地だといろいろ買えてうらやましいです。ネット通販では、入手できないものも多く、ムラトのではмоя история、ほかの歌手についても、欲しいけどいまだ手に入らないCDがあります。

お上げになられた歌手についてはалсу以外は聴いたことがありません。暇があればそのうちネットで聴いて見たいと思います。

金の力といえばアルスのパパはルクオイルの元副社長とかで、ムラトは特に裕福ではありませんでしたね。

ムラトのプロデューサーは確かアルマン某だったか、金もコネもあまり恵まれない人だったのでしょうか。そのために、あれほど実力がありながら、相応な評価がなされなかったとしたら、惜しいことです。

しかし、ロシアでの評価がどうあれ、私のなかではムラトを超えるロシアポップスの歌い手はいませんし、今後も現れることはないでしょう。

投稿者: ムラトのファン | 2007年05月02日 20:17

うーん、わたしやおそらくムラトのファンさんが垂涎のCDなんてのはやっぱりココでも手に入りにくいと思いますよ。古いアルバム(特に正規版)はよっぽどの大御所モノならともかく、そうでなければ売り切れたらおしまい、という気がしますから。

わたしが昨日買ったCDは、カセットテープでしか持ってなかった"Kto-to Prosit"と"Moya Istoriya"です。95年のアルバムというのは、公式サイトなどにも載ってなかったところを見ると、存在するとしてもマイナー時代(カザフ・ローカルとか??)のものなんでしょうか。"Это лишь сон"という曲だったら、1stアルバムに収録されてますね。

あのカザフ人プロデューサは、3rdアルバムのあとムラトの元を離れた、ということをドキュメンタリの中で話してます。その後、ムラトは実質プロデューサのいない状態で孤軍奮闘していた、と・・・。
彼のように実力あるアーティストなら、プロデューサ次第でいくらでも光輝けたのに、と思うとほんとうに残念でなりません。

投稿者: /mz | 2007年05月02日 21:49

ファーストアルバムが95年のЭто лишь сонで、これが不発に終わったと、どこかのサイトに書いてありました(あまり信用しないでください、いい加減な記憶です)。でも、ファーストアルバムではなく、ファーストシングルかもしれません。売れなかった曲だとしても、その曲は好きで再生機にいつもいれています。

ロシアも海賊版CDが多いのでしょうが、やはり、ファンとしては高くてもちゃんとした正規版CDが欲しいですね。

プロデューサーに恵まれなかった実力者ムラト、伯楽の故事を思わせますね。本当に残念です。

fiklimceさんはあのドキュメンタリー番組を見て、内容が理解できたのですか?私はアリョーナアーピナがナルシストといっていたことくらいしかわかりませんでした。

実はロシア語はまだあまりわかりません。露検4級取れるか怪しいです。

投稿者: ムラトのファン | 2007年05月02日 23:02

"Это лишь сон"はいい曲ですね~。

ところで、ムラトにはまったく申し訳ないのですが、わたしがこないだ買ったのも海賊版でした。これを逃したらもう海賊版すら手に入らないかもしれないという焦りもあり、正規版がどこかで見つかればまたそれを買い直すつもりで急場しのぎの選択をしたという次第です、、

あのドキュメンタリー、とりあえずDLはしましたが、じっくり見る時間と気合いがなくて、まだ後半のほうをちょこちょこっと見ただけです。
わたしもロシア語は苦手なんで、話の内容全部は理解できるはずもないのですが、なんかひっかかるよなこと言ってるなぁと思うと、ダンナ(いちおぅネイティヴw)に細かい内容を確認するよーにしてます。

投稿者: /mz | 2007年05月04日 03:01

海賊版といえば、китайには、CDショップで海賊版らしきCDのコーナーがありました。流行の歌手のカセットテープ版もありました。руссияの音楽小売店は見たことが無いですが、両国、似ているところが多いように思えます。

そういえば、fiklimceさんはソ連圏滞在暦もあり、現地(キルギス?)の方と結婚されていたのでしたね。そういう環境ならば、ロシア語も上達しやすいことと思います。

私はたまに教科書を開く以外にロシア語に接する機会が無く、いまでは勉強時間すらとれません。あのドキュメンタリーにしてもそうですが、関連動画をネットで見ていて、さっぱり意味がわからないことを実感するたび、学生時代に徹底的に勉強しておけばよかったと後悔するのであります。

投稿者: ムラトのファン | 2007年05月04日 09:55

ことばに関してはまさに「好きこそ物の上手なれ」で、あたしは別にロシア語好きでもないし、できなくてもいいや~と思っちゃってるので、いつまで経っても上達しやしません。(あ、ウチのダンナは中央アジア系ぢゃありません。念のためw)
今やあたしより2歳の娘のほうがよっぽどロシア語うまいです。(とほほ

投稿者: /mz | 2007年05月04日 15:15

Murat Nasyrov
man ugher
man uni soyiman
oz millitiga tlpungan axu yurakni soyiman
uni hormatlayman
u bez uygher ning paherlik ogli
ahirida eytidigenim:
ulog ana toprak ogli Murat Nasyrov ning yatkan yeri jannatta bolsun
amen!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

投稿者: rustam yesof | 2008年03月14日 18:07

rustam jan salam, man uyghurcha bilmayman faqat sizi tusundum :)
şimdi Türkçe ile...
1 yıl geçtikten sonra onun vefat ettiği yerine ziyaret etmiştim. Yazı burada.
http://fikrimce.sharqi.net/mz/2008/01/26199.html

投稿者: /mz | 2008年03月15日 23:53

salam `` /mz,
Can you underestan my uyghurcha words
I am very happy you write back me this letter
I hope you write back me any words
bye bye

投稿者: rustam yesof | 2008年03月19日 19:09

この方のCDを買おうと思っていたのですが、
アマゾンにすらCD置いてないですね・・・
(T~T)

投稿者: aa | 2008年08月03日 09:31

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