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Elles (Элес)
2007.07.27 PermaLink»
Elles(エレス)のキルギス語アルバムをゲトしたのはたしか2003年の2月だった。それを覚えてるのは、とりあえずこのCDを「誕生日プレゼント」として買ってもらったよな気がするからであるw
その何日か前に立ち寄ったキルギス手工芸品のみやげもの屋でこのCDに遭遇したとき、あたしがどれほど歓喜したかは言うまでもない。
アルバムのタイトルは、前作のアルバムにも収録されていたキルギス語の曲から"Кайдасын"(Kaidasyn)と名付けられていた。やはりこの曲の成功が誰もが待ち望んだエレスのキルギス語アルバム実現に大きな役割を果たしたということなんだろう。
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果たしてこのアルバムはあたしの期待を裏切ることなく、すぐにヘヴィローテーション盤となった。
というよりむしろ、コレばっかり聴いてる、言い換えれば、一度かけるといつ終わるとも知れぬリピート再生、みたいなことになったというかw
キルギスの民謡や古い歌謡曲にはいつも子守唄のような優しさを感じる。(眠くなるといぅ意味ぢゃぁなく) これはカザフの曲などにも共通して言えるよな気もするんだが、テンポゆったりめ、感情をむやみに高ぶらせることのない穏やかなメロディ。
それが今エレスによってR&B風に再現されることの心地よさ。聴く者のキモチをかき乱さない音は静かに楽しめる。
伝統的キルギス子守唄節のエッセンスはエレスの中にも保たれていたんである。
AUDIO (.ram)
- Оп майда [Club Mix] (Op Maida)
これは"Club Mix"なのでちょっとにぎやかしいが、落ち着いたアレンジのバージョンも収録されている。 - Кайдасын (Kaidasyn)
アルバムのタイトル曲。歌詞は関連記事のほうで。 - Сени ойлосом (Seni Oilosom)
あたしの記憶違いでなければ、これはキルギス人の友人が「結婚式で歌うとみんな必ず泣きます!」と太鼓判を押していた曲w - Сагынуу (Sagynuu)
愛するひとがそばにいない寂しさを歌った曲。 - Кыз бурак (Kyz Burak)
この曲でフィーチャーされてるИрина Шотт(イリーナ・ショット)は、キルギス出身のヴォルガ・ドイツ人(かつて中央アジア方面に移住させられたひとたちの子孫ということなのかも?)で、2005年のユーロヴィジョン・ロシア国内予選では決勝まで残った経歴を持つ。
(ちなみにこのときアノDima Bilan(ディマ・ビラン)も国内予選を突破することならず(2位)、彼のユーロヴィジョン行きはその翌年まで待たれることとなった)
LINK もっとじっくりアレコレ聴いてみたい方はこちらへ。
このCDを買いに行ったときに、店のひとが「エレスのどっちのCD?」ときいてきたので知ったことなんだが、エレスはこのキルギス語アルバムとおそらく同時にロシア語アルバムもリリースしていた。タイトルは"Аза"(Aza)。
エレスは2001年5月にベーシストのアザマットを亡くしていた。彼の愛称「アザ」と名付けられたアルバムは彼に捧げられたものだった。
そしてエレスはこの2枚のアルバム発表からほどなく解散することになる。
そぅいえばエレスのプロフィールについては今まで書いていなかったので、遅ればせながらここで少し触れておくことにする。
じつはエレスの結成自体は1985年に遡る。折りしも同じく中央アジア出身のYalla(ウズベキスタン)やArai(カザフスタン、のちのA'studio)などが活躍していた時期で、かつてエレスもアルマアタ(カザフスタンの元首都、今のアルマトィ)で人気を博したことがあったらしい。しかしその後はぱっとせず、何度かのメンバー入れ替わりを経て、2000年にリリースされた前作アルバム"Ты мне нужна"(Ty Mne Nujna)でエレスはふたたび脚光を浴びることになる。そして彼らは名実ともにキルギス・ポップス界を代表する存在となった。このときの構成メンバーが最新かつ最終型のエレスというわけである。
しかし、そうした成功の矢先に訪れたメンバーの死に、残された3人はそれぞれの道を歩んでいくことを決意するに至る。
こうしてエレスはその17年の活動にピリオドを打ち(2002年8月頃)、キルギスの若い世代から“伝説”と呼ばれるほどの意義を持つグループとなったのだった。
ときにグループ名「エレス」は、「(将来の)夢」や「希望」といった意味のキルギス語に由来するという。
エレスのメンバーたちのその後についてはまたあらためて紹介したいと思う。
以前設置してあったBBSのほうに「このエレスは95年に山形で歌ったエレスと同じ??」といった質問を書き込んでくださった方がいたのを覚えています。そのときは最後のエレスのことしか知らなかったわたしは「まさか!?」と首をひねるしかなかったんだけれども、85年から活動していたグループとなれば、その当時のメンバーで来日していた可能性は、あります。
というわけで、アレコレ検索してみたつもりなんですがひっかかるモノは見当たらず、何かご存知の方にはお知らせいただきたく。よろしくどうぞ。
