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Insan (Инсан)

2007.09.06

キルギスにInsan(インサーン)という名のグループがある。
"Insan"というと元はアラビア語だが、アラブの国に限らずイスラム圏で広く使われてることばじゃないかと思う。意味は「人間」
ビシケクに住んでたとき、通りがかりに「カフェ・インサーン」やら「インサーン銀行」なんてのを見かけるたびにあたしは「ナゼにんげんと名付ける?」とひそかにツッコミを入れたりしてたものだったのだが。

何かElles(エレス)に続くキルギス・ポップスをゲトしとこーと思って、どこかで聴いて悪くはなさそだなとの印象を持っていたインサーンのCDを買ったのは、日本への帰国が迫った頃だった。
引越しの荷物整理で、買ったはいいがほとんど着てない服だとか同じく履きもしない靴だとかを後生大事にいっつまでも捨てられずただあっちの国からこっちの国へと何度もバカになんない海外輸送費かけてるだけの人生にようやく別れを告げる気になったあたしは、もしもらってくれるなら、とキルギス人の年下の友人をウチに呼び、その機会にあたしは彼女にインサーンの曲のことや"insan"ということばの意味をきいてみたんだった。それはあたしやあなたのような“人間”のことでしょう?と。
すると日本語初級学習者であった彼女は、たどたどしぃ日本語でしかしはっきりと答えて曰く、

イイエ、アナタヮいんさーんデワアリマセン。いんさーんヮ・・・
あかーえふダイトウリョウ(当時)ノヨウナヒトデス!

人であることをばっさり否定されてしまった気分のあたしなのでありましたw

つまり、キルギス語でいうところの「インサーン」は、一般人を含めた「人間」じゃなくて、「偉い人」とか「ひとかどの人物」みたいな意味だったというわけである。
じゃふつうに「人」は?というと"kişi"(キシ)だった。(トルコ語から考えると至極納得)

さてあたしの買ったインサーンのアルバムに話を戻すと、単なる海賊盤なのかはたまたインディーズ的な自主制作盤なのか判断つきかねるような、質の悪いカラーコピーのジャケット写真の中でメンバーたちがVサイン(ピースサイン)をバッチリ決めちゃいつつニッコリ笑顔、というシロモノで、インサーンの名が泣きそうな雰囲気にあふれてはいた。彼らの曲をまったく聴いたことがなかったら間違いなく買わなかっただろうというような。
肝心の曲のほうというと、今手元にブツがないので確認できないが、キルギス語曲に比べてロシア語曲のほうが多く収録されてたと記憶している。その中であたしはおそらく興味の対象であるキルギス語曲しか聴いてなかったわけだが、声も含め音的にはエレスなんかと比べるとまだまだ荒削りというか洗練されきれてないという印象は否めない感じではあった。
以下、ご参考まで。

VIDEO Suiom Seni

このグループ、どっちかっつとまぁ2枚目の線行く感じ?の長髪と、(アノひとコノひと)÷2っぽい感じのヴォーカル2人立て。
中央アジア系は見た目日本の芸能人連想させるよなひと多くて困るw

VIDEO Suiwu Bayany

曲はともかく、理系大学生の研究室用白衣が思われてならないこのウワッパリはなぜ。

VIDEO Armanym

買ったCDにも入ってた「後悔」を歌った曲で、先の友人もたしかチラッと言ってたが、ドラッグに手ェ出して悔やんでも悔やみきれないといった内容。
ちなみにこのビデオクリップでは単独出演中の長髪ヴォーカル、状況さえ整えばグループからソロに転向することも考えてるという話も。

あと、同じくこのアルバムに収録されてた"Sary Oy"(元キルギス民謡)はイイ曲である。
その他の曲と合わせて俺様ラヂオ[KG]カテゴリにて順不同オンエアちう。(→なにそれ?

とゆわけで、夏休み前にキルギス関連いくつかアプしたときに書きかけてた記事ですぃた。


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