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あれから1年
2008.01.26 PermaLink» Comment(7)»
今月19日、Murat Nasyrov(ムラト・ナスィロフ)が亡くなって1年が経ち、その翌日20日は日曜日だったので、彼の自宅のある場所を初めて訪れてみました。
そこが悲しい“事故現場”でもあります。

ちょうど前日夜から降っていた雪が積もっていましたが、建物の表通りに面した側に、少し雪に埋もれてはいましたが、花が置かれているのがわかる場所があり、わたしもそこに赤いカーネーションを供えてきました。
彼が住んでいたのは最上階の5階。ついそのバルコニーに何度も目をやってしまいました。
バルコニーの隣の小窓が少し開いていたのですが、もしそこも彼の部屋の続きであるならば、今もそこで奥さんや子供たちが静かに暮らしているのかもしれません。
死から1年ということで、追想記事や奥さんへのインタビューをまじえた記事も新たに出ていました。
この中で「あなたはウイグル人ですが、それ(ウイグルという民族)についてはあまり知られていませんね」という問いがあり、彼自身がそれに答えているくだりもあったので、短いですが、以下訳して引用しておきます。
ウイグル人は長い歴史を持つトルコ系民族で、もともとは中央アジア、現在のウズベキスタンに当たる地域が生まれ故郷です。非公式な統計によれば、ウイグル民族はおよそ3000万人いるそうです。
現在ウイグル人は中国の領土内に住んでいて、これは政治的な話になってしまいますが、「ウイグル問題」というような言葉があるくらいです。政治家たちはそのことにあまり関わろうとしませんが、中国人はウイグル人を過激なテロリストだと考えているのです。ウイグル人はただ、自分たちの国を持たぬまま取り残されてしまった民族にすぎないのですが。
彼らの暮らしについて言えば、少なくとも5人は子供がいるような大家族で、イスラムを信仰しています。
また、11月にはAlla Pugacheva(アッラ・プガチョワ)が自分のFM局"Радио Алла"(Radio Alla)でムラトが彼女のことを歌った"Только ты одна"(Tolko Ty Odna)という曲をオンエアしたそうで、ひさしぶりにラジオから彼の歌声、しかも“新曲”が聞けた、ということでした。(→記事)
この曲は亡くなる少し前に彼が新作アルバム用のデモCDに収めていたもののようで、残念ながらわたしはまだこれを聴く機会に遭遇していませんが、現在ムラトの奥さんがスタジオに入り、彼の追悼アルバム的なものを制作中らしいので、その発表を心待ちにするばかりです。

COMMENT
はじめまして。日本在住のceylanと申します。
なかなか情報が得られない西アジア、中央アジア、ロシアあたりの音楽について書かれた貴重なサイトなので、過去の記事にさかのぼって興味深く読ませていただいていると同時に、たいへん感謝しています。
2年前にトルコ人の友人からmuratのことを教えてもらいました。音楽をきいて、「恋におちる」かのにように、すぐさまファンになりましたが、すでにこの世にはいないことを知り、悲しみや複雑な思いでいっぱいでした。
muratの歌をきいていると、私も心がからっぽになったり、いろんな思いが込み上げてきて仕事が手につかなくなることがあるので、気をつけなきゃと思っている次第です。
さて、muratの音楽を手に入れることは極めて難しそうなのですが、現地の店をあたる方法以外に、何か方法はあるのでしょうか?英語・トルコ語系であれば、まぁなんとかなると思うのですが、ロシア語はお手上げです。教えていただけると幸いです。
muratの亡くなった場所を訪れ、私も花をそえにいきたい、という思いがあります。時間的になかなか難しいのですが、いつの日か訪れたいなと思い続けています。
投稿者: ceylan | 2009年02月08日 12:26
ceylanさんこんにちわ。またおひとり日本にナスィロフ・ファン、うれしいです!
このサイトに対しても、そのようなお言葉いただけるととても励みになります。
このところずっと更新滞っていて申し訳ないのですが、ナスィロフ絡みの話もまだ尽きたわけではありませんので、自分の記憶のためにも書きたいと思っています。
今年の命日、気にはなっていたのですが、彼の家はちょっと行きにくいところにあり、現在乳呑み児を抱える身でもあり、あきらめました。。
ceylanさんがいらっしゃるときには場所などお教えしますね。
こんな記事(ビデオ付き)がありました。→ http://life.ru/video/8569/
ムラトのママンです。子供たちの将来も考え、奥さんに「再婚してもいいのよ」と話したそうです。
それから、命日にはムラトの大好物マントゥを作ったとのことです。。(涙
さて、彼のCDなどの入手についてなのですが、以前別の記事のコメントにも書いたとおり、すでに正規版はロシアでは店頭でもネット通販でも見つけにくそうです。
もしかしたら彼の故郷である中央アジア方面には残ってるかも・・・と期待してはいるのですが、まだ現地の友人などには当たってません。今度必ずきいておきます。
あまりお役に立てなくてごめんなさい!
投稿者: /mz | 2009年02月11日 07:09
お返事ありがとうございました。
いろいろ教えてくださり、たいへんうれしいです。
表現するのが難しいのですが、記事のエピソードからは
ママンの家族を大切にする愛情や器量の大きさ(?)を感じました。心に染み入るような素敵な曲が生まれた背景に、そうした家族や、風土のもとで、ムラトが育ったことも影響しているように思いました。
子育て中だとなかなか難しいですよね(ちなみに、私は独身ではありますが、子どもの生活環境や子育て環境に関する研究をしています)。負担にならない程度でマイペースに、続けて行ってくださることを期待しています。
今後ともよろしくお願いします。
投稿者: ceylan | 2009年02月14日 11:06
ご無沙汰しております。
1年余前に上記コメントを残させていただきましたceylanです。
mz/さん家族がお住まいの国では、日差しが日に日に強くなっているのでしょうか?
さて、今夏、夢にみたモスクワへ足を踏み入れることにしました。
現在大まかな旅程を計画していて、ムラトの生前の住まいにも出かけて
献花することを考えているのですが、所在地を教えていただけないでしょか?どうぞよろしくお願いします。
投稿者: ceylan | 2010年05月12日 00:32
ceylanさんコメントいただいていたのに今日まで気づきませんでした。すみませんっ!
コメント記入の際に書き込まれたメイルアドレスのほうにお返事送ってもよろしいでしょうか?
投稿者: /mz | 2010年05月26日 17:44
お返事ありがとうございます!
いえいえ、お気になさらずに。
"journal"の方に問い合わせしようと試みたのですが、
勝手が分からず、こちらに送らせていただきました。
コメント記入時のメールアドレス宛にお願い致します m_ _m
投稿者: ceylan | 2010年06月04日 14:25
こんにちは!ご無沙汰しております。
ムラトが亡くなった場所をメイルしてくださったと思うのですが、
おそらくジャンクメールフォルダに振り分けられてしまったようで、確認できておりません。
このコメントに気づいていただけましたら、本コメント入力時のアドレスに
再送していただけると幸いです。
何度も催促して心苦しいのですがどうぞよろしくお願いします。
投稿者: ceylan | 2010年08月10日 20:46