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NHK学園「イスラーム文化」No.20(1995年8月)掲載記事に
一部加筆・修正したものを転載しています。
その夜、もう11時も近い頃、わたしはイスタンブル旧市街にあるテッケにいた。
テッケとは、トルコ語でイスラーム神秘主義教団の町道場や修行場を意味する。
通りに面した緑色の扉は、わたしのような部外者の好奇心を冷ややかにたしなめるかのように、一見重く閉ざされている。そこには「イスラーム神秘主義音楽伝承研究保存基金」と書かれているだけで、「テッケ」の文字は見当たらなかった。
「今夜メヴレヴィーのショーがあるから」
その日の夕方、イスタンブル大学近くの本屋で出会ったトルコ人が言った。
「よかったら見にいらっしゃい」
きっかけはこんなふうだった。
数あるイスラーム神秘主義教団の中でも特にこのメヴレヴィーが有名なのは、舞うように旋回するセマーの儀式のせいだろう。
日本では「メヴレヴィー」というよりも「メヴラーナ」といったほうが通じやすいかもしれないが、「メヴラーナ」自体は「我らの師」といったような意味の敬称で、その「師に従う者たち」が「メヴレヴィー」ということになる。
その敬称をもって呼ばれるのが、創始者メヴラーナ・ジェラルッディン・ルーミーである。13世紀、ペルシャ(現在のアフガニスタン領内)に生まれた彼は、やがてルム・セルチュク朝の首都コンヤ(現・トルコ中部の都市)へ移り住み、そこに彼を師と仰ぐ者たちが集まった。彼の没後、それがメヴレヴィー教団として発展していったのである。
それでコンヤでは彼の命日に合わせ、毎年12月10日から17日に特別なセマーの儀式が行なわれており、それを見るためにコンヤを訪れる観光客も多い。
わたしを「ショー」に誘ってくれたトルコ人は「エディ」と名乗った。
彼によると、こうした集まりは週に3日あるそうなのだが、セマーが行なわれるのはこの日だけだという。お金を払う必要もないらしい。写真でしか見たことのないセマーを少し離れたところから眺めている、わたしはそんな自分の姿をぼんやりと思い浮かべていた。
◆◇◆
エディが「有名な建物だから誰でも知っている」と説明した場所にたどり着くまでに、タクシーの運転手は道をたずねるために何度も車を降りなければならなかった。そしてようやく見つけたテッケ。
その扉を一歩入った瞬間、わたしの観光気分はその暗がりに吸い込まれてしゅんと消えた。
本物だ。わたしはテッケというものを直感した。
扉から小さな中庭に続く通路は壁に囲まれ、地下道のように薄暗い。その左側には格子のはめてある大きめの窓がいくつかあって、中が見えるようになっている。そこにはターバンで飾られた「聖者」の棺がところ狭しと並べられている。
夜も遅いというのに人の出入りは多い。日本の感覚でいえば、こんな時間にお年寄りがひとりで出歩いたりすることはあまりないと思うのだが、頭から足の先まですっぽり覆っているようなおばあさんたちもぽつりぽつりとやって来る。聖者に何を想うのか、生きることはそんなにもつらいのか、彼女たちの中には格子にすがりついて泣き出すひとさえいる。
わたしはウズベキスタンの古都サマルカンドにあるティムール廟グル・エミルでの光景を思い出していた。
その若い女性は廟に入って来る前からひどく泣きじゃくっていた。きっと家族か誰か大切なひとを失くしたんだ、それであんなに悲嘆にくれているんだろう、わたしはとっさにそう思った。
しかしどうも様子が違う。そんなことだけではない、と感じた。彼女は何かやるせない強い想いをここに眠るティムールをぶつけている。何百年も前に死んでしまった彼を悼んでいるのか。
わたしは少し動揺した。
どうしてそんなに泣くの?これは何なのだろう?わたしには彼女の気持ちがまったくわからなかった。
自分もその一員でありながら、女性というものは老若問わず、かくも不可思議な感情に突き動かされ、涙を流すものなのだろうかと。
さて、ここで聖者といえば、メヴレヴィー教団の創始者メヴラーナをはじめ、その後継者、信仰と人格が特に優れていると認められた「シェイフ」と呼ばれる人々のことである。
彼らのようなイスラーム神秘主義者をアラビア語で「スーフィー」というが、これは本来の意味である「粗末な羊毛(スフ)を身に着けた者」が、物質的な現世を否定し、清貧を常として、禁欲と修行の生活に入る者の象徴になったためといわれている。
そしてイスラーム神秘主義については、さらにこの言葉から派生した形でアラビア語やトルコ語では「タサッウフ」というのが正式だが、今では広く「スーフィズム」とも呼ばれるようになっている。
スーフィーたちの修行の果てにある究極目的はアッラーとの一体化である。
それを達成するには、まず自分とアッラーを隔てるもの、つまり現世への執着と自我の意識さえもすっかり捨て去らなければならない。メヴレヴィーのセマー(旋回)やズィクル(アッラーを讃える言葉を唱えること)のように、ある一定の行為をひたすら繰り返し実践することによって、自己を忘れ、アッラーにのみ精神を集中していくのである。
スーフィーにとって修行を重ねることはアッラーを求める道であり、その「道」を意味するアラビア語「タリーカ」はのちに神秘主義教団そのものを意味するようになった。
そうした長く厳しい修行の道を最高まで極めたもの、あらゆる欲や煩悩から解き放たれ、ついにアッラーとの一体感を得るに至った者が聖者である。
聖者はアッラーから奇跡を起こす力を与えられているとも信じられているため、テッケと聖者廟が隣り合っているのも当然といえば当然なのかもしれない。信者たちは行きに帰りに祈りを捧げ、聖者の力に与ることを願い、修行者たちは先人を想起し、修行の励みとするのだろう。
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