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その日は10月29日、ちょうどキルギスでは大統領選挙があったんだけれども、トルコ的には共和国の建国記念日にあたり、在ビシケクのトルコ人仲間がそれを口実にレストランで夕食会をもうけるというので、わたしたちも呼ばれて出かけて行った。
さて、その席で、ちょうどわたしの前にすわっていたA氏、ついこないだ盲腸で手術を受けたらしい。
それにしても、なんかまだ入院してたほうがいいよーな感じ。口数も少ないし、歩く姿もちからなく痛々しい。
盲腸ってそんなに大変な病気だったんだ?
手術後、A氏が麻酔から覚めたのは、10月半ばの初雪が降った朝。気づくと窓は開きっぱなし。
しかもすっぱだかで眠っていた彼のからだに血ぬれのシーツがひやりと触って、「太陽にほえろ」ジーパン刑事殉職シーンよろしく、「なんじゃこりゃーっ」。(古いねぇアタシも・・・)
A氏のこの話を聞いて、もうかなりお酒も入っていたらしいB氏がすかさずヨコヤリを入れる。
「ぜったいとられたな。もうそりゃぜったいだね!だって自分じゃわかんないだろ、麻酔きいてたんだから」
腎臓のことだ。
A氏の顔色が悪くなっていくのなんかおかまいなし、B氏は追撃の手をゆるめない。
ロシアでも、闇の臓器売買は横行していて、そのために子供そのものが売買されたりもしてるという。
てことは、このキルギスで同じことが行なわれてないはずはないが・・・。
いや、真実なんてわからないほうがしあわせかも。
レントゲンでも撮って確かめてみて、実際ひとつ足りなかったからってどうする?
これまさしく、あとの祭り。
かくいうB氏自身、以前トルコで、仕事先のアンタルヤで入院したことがあるという。
でも彼は、身寄りもない見知らぬ土地の病院に身を委ねるなんておそろしいことには耐えられず、その日はベッドで一睡もせずひたすら朝を待ち、それから家族のいる町へと命からがら逃げ帰ったそうだ。
それもまた考えすぎじゃぁ・・・とも思うが、たしかに、トルコでも生活に困ったひとが自分の腎臓を売りにはしってる、しかもその数は増加傾向、という話、ちょうどこの日を前後してニュースにもなっていた。
「腎臓売ればお金になる」というのは今や世界の常識。
ということは、「自分で痛い思いしなくてもできるじゃん♪」と考えつく悪徳医師がトルコに存在しててもおかしくはない。実際、いる、というウワサだし・・・。
SSK(セーセーカー)の病院には行くもんじゃない、という話を聞いたことがある。
これはトルコの社会保険で運営されてる公立病院で、一般のひとはまぁここへ行くんだが、サービス、設備など、かなりおそろしい、というウワサ。
トルコ人につきそってこの病院へ行ったことある日本人の友人によれば、そこで見た光景は、点滴受けてるのはいいけど、針がささってるとこから血がだらだら流れ出ちゃってるひと、頭をケガして診察の順番待ってるんだけど、その間にも激しく流血しつづけてるひとなどなど、その場にいるだけで健康なひとでも具合悪くなっちゃうような地獄絵図だったという。ってことは、手術なんかも乱暴なんだろう、きっと。コワ。
だから特別な治療や質のよい治療を受けたいひと、いつまでも待ってられないひと、どうしても女医さんじゃないとダメという女性などは、高いお金を払ってでも私立病院へ行くのだ。わたしも私立病院へは友人の赤ちゃんの検診について行ったことがあるが、たしかに清潔でちゃんとしてる感じだった。
日本からの海外旅行保険では、トルコの私立の大病院がカバーされてるものもあるので、その点あまり心配はないと思うが、もちろんケガや病気はしないに越したことはない。
キルギスでは知り合いのお医者さんにしっかり付き添ってもらっているとはいえ、けっこう安易に何度も病院に世話になってるワタシだけれど、思えば、いまだかつてトルコで飛び込みでお医者にかかったことはない。そーんなに具合悪くなったことないのもその理由のひとつだが、いまいち信用しきれないというのもあるし、やっぱりことばの問題もある。
一度だけ、ディヤルバクルで熱射病でぶっ倒れて大学病院に連れてかれたことはあるが、そのときはちゃんと病院の先生に知り合いがいたし、そのおかげでさくっと診てもらえたのだ。そうでもなかったら、自らすすんで病院に行くなんてことはまずなかったはず。ひたすら寝て自然治癒を待ったことだろう。
病院行くなら信頼できる人といっしょに、できればツテがあって信頼できる先生のいる病院に行く。
あっらー・こるすん、万一手術なんてことになった日にゃあ、即刻日本に緊急帰国、よけいなリスクは回避する。
とりあえず、勝手に臓器もってくのだけは勘弁してほしい。
日本は・・・だいじょぶよね?
[25.4.2001]
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