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キルギスからカザフスタンを通って、目指すはおよそ10年ぶりのウズベキスタン。
2004年2月9日から29日までの道のりは次のとおり(地図参照)。
- ビシケク(キルギス) → トルキスタン(カザフスタン)
最近UNESCOの世界遺産に登録されたアフメド・コジャ・ヤサウィー廟があるというトルキスタン、ちょうどビシケク発モスクワ行き列車の途中駅だというので、今回はカザフを通って陸路ウズベキスタンをめざすことに。
- トルキスタン → シムケント → タシケント(ウズベキスタン)
トルキスタンからシムケントまでミニバス移動、シムケントからカザフ=ウズベク国境ジペック・ジョルまでさらにミニバス移動、国境を越えてまたミニバスを乗り継ぎ、タシケント入り。
- タシケント → サマルカンド
タシケント3泊。ちょっとぜいたくして過ごした感じ。やっぱり都会、でかい、暑い。ロシア語しゃべってもイケズなこともされず。
サマルカンドへは新たに登場した豪華特急電車で行ってみることに。
- サマルカンド → ヌクス → クングラット
サマルカンド5泊。春夏秋冬に移り変わる天気。日帰りでウルグットのバザールやシャフリサブスへ。
サマルカンドからヌクスへは夜行列車で。タチの悪いヤクザ私服警官にからまれる。
- クングラット → モイノック → ヌクス
勢いで行ってしまったクングラット、駅の宿泊所で一夜を明かすことに。翌朝、車内に砂埃巻き上がるボンネットバスでモイノックへ。
少年が海のあった場所を案内してくれた。(地図のアラル海はたぶん縮小する前の大きさです)
- ヌクス → ベルーニ → ウルゲンチ → ヒヴァ
モイノックからヌクスに戻って1泊。ウズベキスタンの中の自治共和国カラ・カルパクスタンの首都。道が広い、ひとが少ない、空が高い。
お目当てのサヴィツキー美術館は入館料が高くて、涙。ミニバスとタクシーを乗り継いでヒヴァに到着。
- ヒヴァ → ブハラ
10年前も思ったけど、ヒヴァはやっぱりテーマパーク。3月後半の観光シーズンを前に、どこの宿も改装拡張工事中でピンチ。
夜開いてる食堂もなくて飢え死に寸前。宿の女の子のピュアな笑顔に癒される。
- ブハラ → タシケント
ブハラ4泊。この旅でいちばんツーリスティックな町。あたしたちもツーリストの初心に戻って買い物根性を現わし始める。
夜行列車で戻ったタシケント、地下鉄駅でついにウズベク名物・悪徳警官たちの餌食に・・・。バカ!あたしのバカ!
- タシケント → コーカン
雪山せまる峠を越えてコーカンへ。この一本道の左手はキルギス、右手はタジキスタン。
- コーカン → フェルガナ
コーカンの宿がこの旅でいちばんスゴかった。でも近くのウイグル料理屋がうまかったので許す。
道中ずっと探していたトルコ語=ウズベク語辞書もこの町の本屋で発見!お値段もうれしぃ約40円。つか、買ってどーする。
- フェルガナ・マルギラン → オシュ(キルギス)
フェルガナは泊まるためだけ。目的はマルギランの大根、じゃなくてアトラスの布。
ウズベク=キルギス国境ドストゥックはらくらく通過。らくらくすぎてキルギス側の国境検問所を無視して歩いてったら、怒られる。
でも怒られてもこわくな〜い。それがキルギスに戻ってきた証拠。
- オシュ → ビシケク
もうムチャはしない!と固く誓っていたはずなのに、ビシケク行きの飛行機3日先まで予約いっぱい、またしても車で行く14時間のオシュ=ビシケクルート。峠まで来て告げられる「雪で朝まで通行止め」!?そとはマイナス25℃・・・最後の最後で凍死の危機。
以上、本編ができるまでのざっくり予告編です。
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